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[今回の取材先]
第26回横浜国際女子駅伝
みなとみらい21「横浜赤レンガ倉庫」発着・横浜市内42.195km駅伝コース
[ハマスポWave記者]
2008年3月10日Up

風が運んだ、それぞれの想い
Text:かぐや姫

 「風を感じて走ることが、マラソンの魅力」。ホノルルマラソンを過去2回完走した市民ランナーの我が友は「なぜ走るのか」と問うたら、こう答えた。「自分の体をフルに使って出来る、自らへの挑戦でもある。もし駅伝だったら…ひとりひとりベストを尽くせれば、すごい充実感があるんじゃないかな」。マラソンブーム全盛の中、世界のトップランナーたちが横浜を舞台にフルマラソンと同じ42.195キロのコースを襷でつなぐ、「横浜国際女子駅伝」を取材した。
 2008年2月24日。今年で26回目を迎える大会は、過去に野口みずき選手や土佐礼子選手が日本ナショナルチーム代表で出場している。8月の北京オリンピックに向けた前哨戦の意味合いがあるこの日に、選手たちは特別な想いをこめた走りを見せてくれるに違いない。
 快晴に恵まれながらも北北西に10.2メートルの強風が吹きすさぶ中、発着地点の横浜赤レンガ倉庫のスタートラインに14人の選手が並んだ。参加チームは外国から中国、エチオピア、モロッコ、ポーランド、ロシア、アメリカの6チーム。そして日本からはナショナルチーム、北海道・東北選抜、関東・東京選抜、東海・北陸選抜、近畿選抜、中国・四国選抜、九州選抜、神奈川の8チームだ。時計の針が正午を刻んだ瞬間に、スターターを務めた中田宏横浜市長の号砲でレースが幕を開けた。

●走る!小学生ランナー●
 トップランナーたちがスタートを切った30分後、赤レンガ倉庫の新港地区を周回するサブイベント「ミニ駅伝」が行われた。横浜市内に在学中の小学5、6年生で編成された5人1組の24チームが参加。大会主催局である日本テレビのニュース番組「ズームイン!!SUPER」のマスコット、ズーミン・チャーミンのスタートの合図で、小学生たちが力いっぱい駆け回る。 レースに参加したランナーたちを代表して、新羽小学校のメンバーにインタビューした。
新羽小学校チームのみなさん
新羽小学校チームのみなさん

- 第1走者・小林結衣さん「今までの駅伝の中で一番疲れました。でも走り終わった後に快感があるから、マラソンが好きです」。
- 第2走者・鈴木日和さん「襷を渡す時は心配でしたが、うまく渡せました。憧れは外国人のマラソン選手。足が速いので尊敬しています」。
- 第3走者・松井桃子さん「みんなが頑張ってくれたから、その努力を無駄にしないようにと思って走りました。今日はとても満足しました」。
- 第4走者・山本美沙季さん「たくさんの人が応援してくれたので嬉しくなりました。頑張れ、ついて行け、という声に励まされました」。
- 第5走者・福井望未さん「アンカーとしてみんなの頑張りのために走りました。風が強くて最初はつらかったけど、ゴールの時は応援も大きかったので速く走れました」。
 
新羽小学校では週に3回、課外クラブで陸上の練習に取り組んでいる。「子どもたちに運動する楽しさを味わってもらうことが目的です」と指導者の露木隆夫先生は話す。一流選手と同じ場所で大勢の観客から声援を受けた経験は、小学生ランナーたちにこれからも走り続ける勇気をきっと与えてくれただろう。

●ハマを駆け抜けたトップランナーたち●
【第1区・赤レンガ倉庫〜本牧原】
 
最短5キロのコースは、日本ナショナルの小林祐梨子選手が幸先良くトップで襷をつないだ。代表に選ばれて3年目のレースで初の区間賞獲得、大会の最優秀選手賞も受賞した。15分4秒はオリンピック5000メートル参加標準A記録をクリアしたことになる。レース後の記者会見では、「強風のコンディションを考えて最初から攻めていくのではなく、追い風になった瞬間から一気に切り替えようという気持ちでした。ラスト3キロからのスピードは自信があったので、そこから(勝負に)行きました」と充実した表情で振り返り、北京に向けて確かな前進を遂げた。
【第2区・本牧原〜富岡総合公園】
 
最長10キロの長丁場はエースが激突。日本ナショナルの赤羽有紀子選手が2位エチオピアの猛追に遭いながらも、首位をキープ。赤羽選手は2006年に長女を出産し、「ママさんランナー」としても注目されている。昨年12月にオリンピック10000メートル参加標準A記録を突破した実力を遺憾なく発揮した。レース後は「エチオピアの選手と並走して走ったので、世界の選手と走っていることを実感しました。北京オリンピックにつながるいい走りが出来ました」と手応えをつかんでいた。
【第3区・富岡総合公園〜八景島シーパラダイス】
 
海に囲まれた第3中継所へ向かう6キロのコース。 レースはエチオピアが日本ナショナル湯田友美選手を抜いて、逆転する展開に。
 
ここまで地域選抜チームも健闘を見せている。その中で東海・北陸選抜の高橋紀衣選手に注目した。「国際レースなので海外の選手と一緒に走れるし、沿道の応援がたくさんいるので元気をもらいました」と笑顔を見せた高橋選手にとって、この日は2回目の檜舞台。「駅伝は襷をつなぐ、自分ひとりの力ではなくチームのみんなで走るもの。個人の試合とは違う気持ちになります」。その一心で7位を守り、次のランナーに願いを託した(東海・北陸は総合7位で終了)。
 
高橋選手は新たな目標を見つけた。「まずは日本のトップに近づく選手になれるように頑張ります」。 地域選抜の選手たちにとって、「世界を知る」第一歩でもあるのだ。
【第4区・八景島シーパラダイス〜富岡総合公園】
 
八景島を折り返し、国道357号線を北上する6キロ。「現役女子大生ランナー」の日本ナショナル小島一恵選手が懸命に追い駆けるものの、依然としてエチオピアが先頭を走る。
【第5区・富岡総合公園〜本牧宮原】
 
国道16号線を駆け抜けてアンカーが待つ第5中継所へつながる10キロを担ったのは、日本ナショナルの勝又美咲選手。2年連続の5区は昨年の自己タイムを更新。同時にエチオピアとの差を詰めて、日本の逆転優勝に賭ける!
【第6区・本牧宮原〜赤レンガ倉庫】
 
いよいよフィニッシュの5.195キロ。日本ナショナルのアンカーは地元横浜の荏田高校出身で、現在はパナソニック女子陸上競技部所属の吉川美香選手。神奈川選抜で2回出場経験を持つが、「JAPAN」のユニフォームを身にまとって走るのは初めて。「地元を走れるのがすごく嬉しくて、今までの経験を生かした走りが出来れば…と思っていました」という気持ちで臨んだ吉川選手。襷をつないできたチームメートが待つ赤レンガ倉庫で、ゴールのテープを切ったのは2番目。そう、勝利の女神はエチオピアに微笑んだのだ。
 
 
レース後の吉川選手は少し悔しさをにじませながら、「2位を守ったのは最低限の仕事。前を走るエチオピアに力の差を感じました。今日は海外の選手と接触するパターンは無かったのですが、次は前を追うレースが出来るように、ひとつのステップにしたい」と力を込めた。吉川選手には北京オリンピック出場の期待が寄せられている。「今の時期は走り込みをしっかりこなして、(オリンピックの)参加標準記録を見据えながら、トラックシーズンは自信を持って走ることが出来るように準備したいと思います」。競技に対して真摯に取り組んでいる吉川選手。この日はほろ苦い思いが残ってしまったかもしれないが、今度こそ満面の笑みを地元ファンに見せてくれるはずだ。
吉川美香選手
日本ナショナルチームアンカーを努めた 吉川美香選手

 一方では2位以下を引き離して、4年ぶりの優勝を飾ったエチオピアチームが歓喜の輪の中にいた。身体能力の違いを見せつけ、長距離王国の面目を躍如した選手たち。強風と寒さとの戦いにも勝ったことを称え合った。3連覇が掛かったロシアは首位争いに一度もからむことなく、3位で終わった。

歓喜のエチオピアチーム


●もうひとつのドラマ●
 そして忘れてはならないチームがもうひとつ、神奈川だ。2年連続最下位と低迷していたが、出場者6人の中で4人が高校生という若い布陣で臨んだ結果は8位。3年ぶり3度目の入賞という好成績をもたらした。チームを率いた倉林俊彰監督は、「毎年1桁順位を目標に挙げていますが、今日は選手が力を出し切ってくれました」と安堵した。普段はパナソニック女子陸上競技部の監督を務め、日本ナショナルで走った吉川選手の指導者でもある。「(吉川選手は)荏田高校時代からこの大会に出て、それが初めての国際経験でした。今までの経験によって初めてナショナルチームで出場出来たのだから、神奈川選抜の選手も将来は日の丸をつけて走るようになってもらいたいですね」。これからの神奈川の陸上界に明るい兆しを予感させる一日となった。

神奈川チーム 倉林俊彰監督(パナソニック所属)

 4年前の横浜国際女子駅伝は強風の中の開催だった。奇しくもオリンピック・イヤーの今年も、「早春の嵐」のような強い風に見舞われた。選手たちがどんな風を感じたのかは計り知れないが、それぞれの想いを乗せた走りは、沿道やテレビの前で見守った人々、そして大会運営に携わった人々の心に感動を刻んだ。横浜を走り抜けた彼女たちの次に続くストーリーが、栄光という名の光で輝く未来を描くように、願ってやまない。



●体験取材の感想●
最近はびっくりするくらいのマラソンブーム。近所でジョギングを始める人から、ホノルルマラソンや東京マラソンといったメジャーな大会に出場する人まで、私の周りも確実に愛好家が増えています。かく言う私も去年マラソンに初挑戦!…と言っても1人1キロのチャリティー駅伝でしたが。たった1キロでも後半は足が思うように動かずゴールが遠く感じましたが、「襷をつなぐ」という使命と沿道の応援に押されて頑張りました。結果我がチームは3位に!(ちゃっかり?箱根駅伝経験者がいたのが大きかったのですが)今回取材させて頂いたトップランナーの皆さんも、トラック競技とはまた違う思い入れで「駅伝」に臨んでいたようです。吹き飛ばされそうになるくらいの強風に負けずに、前へ前へ走る姿に勇気をもらいました。やっぱり走るって人の心に響くパワーを持っているのだなあ、私も2回目の駅伝にチャレンジしよう!と刺激を受けて帰路についたのでした。




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