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[今回の取材先]
第33回東日本フィギュアスケート選手権大会 第24回東日本フィギュアスケートジュニア選手権大会
場所:新横浜プリンスホテル スケートセンター
[ハマスポWave記者]
2007年11月16日Up

氷上に咲く夢の華
Text:千葉 陽子
 2006年2月23日の早朝、日本中がテレビの前で歓喜に包まれた。トリノオリンピック女子フィギュアスケートで、荒川静香選手がアジアの選手として史上初の金メダルを獲得した瞬間だ。その日から今日に至るまで、フィギュアスケート界には浅田真央選手をはじめ、数々の栄光のドラマが誕生した。彼女たちの活躍に影響を受け、スケートを始める子どもたちは後を絶たないという。
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007112日〜4日、「第33回東日本フィギュアスケート選手権大会」、「第24回東日本フィギュアスケートジュニア選手権大会」が新横浜プリンスホテルスケートセンターを舞台に行われた。この大会は後に続く全日本選手権大会の選考会でもある。出場者にとっては、海外で活躍する憧れの選手に近づく第一歩でもある。

 
氷上に美しい火花を散らした戦いが繰り広がられた日間。ここでは、3人の選手にスポットライトを当てよう。第1滑走者はジュニア男子の松村成選手(武相高校1年生)。父・充さんは、男子シングルス日本代表でオリンピックに2回出場経験がある。母・ゆみ子さん(旧姓・鹿毛)はアイスダンスで全日本選手権1位を獲得。そんな輝かしい記録を持つ両親の下に産まれた少年は、幼い頃からスケートは生活の一部だった。「記憶にはないのですが、初めてスケート靴を履いたのは歳の時。まだオムツもしていたし、スケート場で昼寝していたこともあったみたいです(笑)」。
左:ジュニア男子・松村成選手、右:松村ゆみ子さん

 既にスケートを始めていた姉2人と共に、通ったリンク。しかし「医者になりたい」という幼い頃からの夢もあった。その思いが方向転換した、あるきっかけがあった。「小学校5年生の時、全日本選手権でノービス男子4位になり、初めて海外の試合も経験しました。その時に選手として進む道が、少しずつ見えてきたのです」。
 
目標としている高橋大輔選手のビデオを何回も観て、研究は欠かさない。自らの持ち味は、美しいと評判のスケーティングの技術だ。若き日の父の滑りに似ている、と言われるのが嬉しい。母・ゆみ子さんは「一家5人が、こうしてリンクにいることは不思議なめぐり合わせ。みんながスケートが大好きで、本当に良かった」と温かい眼差しを息子に注ぐ。家族に見守られながら、海外に羽ばたく日を目指して今日も氷上に立つ。


 
第2滑走者は、ジュニアアイスダンスの原楓葉さん(樽町中学校年生)。名古屋で生まれ育った少女がスケートと出会ったのは小学校年生の時。母の勧めで通い始めたスケート教室に、始めは遊びの感覚で足を運んだ。「選手を目指そうと思ったのは、アイスダンスを初めて観た時です。シングルのスケートとは違い、観客に技ではなく演技を魅せるところに強く惹かれました」。
ジュニアアイスダンス・原楓葉選手

 母の後押しもあり上京し、本格的にアイスダンスの練習を始めることに。今年から横浜での生活が始まった。学校が終わってから、スケートリンクへ直行。練習が深夜まで及ぶ日も少なくない。「でも、練習も学校も楽しい。難しいと思うのは、アイスダンスはパートナーがあっての競技。お互い技の食い違いや、ゆずれない部分が生じる時は悩みますね」。壁にぶつかる日もあるが、目標ははっきりしている。「ブルガリアのアルベナ・デンコワ選手とマキシム・スタビスキー選手のペア(20062007年世界選手権優勝)の演技力がすごい。人は実生活でも夫婦なのですが、振り付けだけでなく雰囲気で人を惹きつけることができるのです」。スケートが好きという気持ちを観客に感じてもらいたい。自らの思いだけでなく、見てくれる人たちのために。これからも一歩ずつ前に進んでいく。


 そして最後の第3滑走者はシニア女子の南雲麻実さん(新横浜プリンスFSC)。新潟で暮らしていた幼い頃、最初に出会ったのはバレエだったが、「母がスケートが好きだったんですね。近所にリンクがあったので、通い始めました」。母にスケートを教えてもらっていたある日のこと。「たまたまスケートの指導者が合宿に来ていて、それが大きな出会いとなりました」。 小学校年生で母と共に指導者の待つ横浜へ。選手としての生活がスタートした。
シニア女子・南雲麻実選手


 体力不足の克服や、精神面の強化に重点を置きながら続く厳しい練習の日々。試合でジャンプを失敗すると、気持ちの切り替えが出来ずに悩む時もあった。そんな時友人で、海外でも活躍中の中野友加里選手(2007年世界選手権位)に大きな影響を受けた。「友加里ちゃんは根性がある。ジャンプを失敗しても、次に立て直してどんどん跳ぶんです。気持ちの持ち方が違う。学ぶことは多いです」。
 
競技生活は残り年と決めている。引退後はアイスショーに出演し、これからもスケートに携わっていく目標がある。「試合の前は緊張するし、こんなに疲れるのはもう嫌だと思う時もあるけど、滑るのはやっぱり楽しい」。いつか子どもたちにスケートを教えてあげたい。スケートを好きになってもらいたい、そんな気持ちを多くの人に伝えていきたい。

 
人の選手たちの東日本選手権の結果をお伝えしよう。松村選手はジュニア男子総合10位。原選手はジュニアアイスダンス総合位。南雲選手はシニア女子総合位。この結果、11月と12月に開催される全日本選手権出場の切符を手に入れた。


東京都スケート連盟 小林宏さん 
大会を支える実行委員の1人、東京都スケート連盟の小林宏さんは「出場者全員がチャンピオンになれるわけではない。頑張って、その中で得た結果が大事なのではないでしょうか」とエールを送る。小林さん自身も、かつてはアイスダンスの全日本選手権2位の選手だった。「今、技術は40年前より遥かに向上していますが、努力する気持ちは昔も今も変わらないと思います」。東京都スケート連盟 小林宏さん小林さんは連盟の仕事で大切なことに、「選手が練習できる環境を整えること」を挙げている。
「スケート界の裾野が広がることはとても素晴らしいことです」。
小林さんの活躍がスケート界の発展につながっていく。


 
フィギュアスケートは夢のあるスポーツだ。氷上を舞う美しさに、誰もが酔いしれる。
きっとこれからのオリンピックも、たくさんの日本人選手の胸にメダルが光り輝く姿を見ることは、間違いない。

シニア女子 南雲麻実選手


●体験取材の感想●

 
フィギュアスケートを実際にスケート場で観戦するのは初体験。いざ記者席に向かうと「寒い!」が第一印象。そう、目の前は氷なのだから当たり前なのですが、選手はコスチューム1枚ですごい!と改めて思いました。そして競技が始まると、その美しさにすっかり魅了されてしまいました。氷上を滑る音、選手を包む風。目には見えないものですが、テレビでは実感できません。
 
インタビューさせて頂いた人は、とっても素敵でした。松村成くん、一緒に同席したお母様の肩のほこりを払ってあげたり、さりげない優しさが微笑ましかった。原楓葉さん、中学生とは思えない大人っぽい美しさに見とれてしまいました。お客様の声援が本当に嬉しそうな、思いやりあふれた女の子でした。そして南雲麻実さん、苦手というジャンプを見事に決めていましたが、競技中も常に採点のことが頭をよぎるのだとか。愛らしい笑顔で、将来は子どもたちに大人気のスケート教室の先生になるでしょう。
 
私にとって、フィギュアスケートがもっと身近に感じることができた、大切な一日となりました。




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