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[2008年3月28日Up]
Vol.1 はっけよい、のこった!お相撲さんと横浜開港の深〜い関係 〜横浜勧進相撲〜
皆さんこんにちは!! キャプテンわんです。
僕は大好きな町・ヨコハマのスポーツの歴史をたどる旅に出ることになりました。
毎回いろんな時代にタイムスリップして、発見したスポーツを報告します!!
記念すべきスタートは、横浜で一番はじめに行われたと言われているスポーツを探ってきたよ。
今から154年も前のずーっと昔のこと。
皆さんは「黒船」に乗ってアメリカからやって来た、ペリーという人物の名前を聞いたことがあるかな? 安政元年(1854)2月、ペリーが横浜にやって来たんだ!
その時にペリーが見たスポーツは…一体何だと思う?
答えは「相撲」なんだ!
なぜ相撲?と思う人もいるかもしれないけど、理由があるんだよ。
当時の江戸幕府はペリーたちのために、はるばる江戸から横浜にお相撲さんを呼んだんだ。さらにペリーの艦隊へお米を200俵も贈ったんだよ(1俵は60キログラムの重さだよ)。


神国泰平施品鏡・「横浜浮世絵」 (「横浜スポーツ百年の歩み」より)
その米俵を84人のお相撲さんたちが海岸まで運んだんだ!その姿と言ったら…頭の上に2俵も担ぐ人もいれば、なんと前歯で1俵をくわえて運ぶ人までいて、これにはアメリカ人もびっくりしていたよ!
米俵を運んだ後は土俵入りや相撲の技を披露していたよ。まわし1枚の姿で取っ組み合いをするお相撲さんは、ペリーの目にどんな風に映ったのかなあ。
相撲とヨコハマが出会ったきっかけを作ったのはペリーだったんだね!
次回はどの時代を訪ねようかなあ。楽しみに待っててね!!
次回はどの時代を訪ねようかなあ。楽しみに待っててね!!
かもめの「ちょっと教えて!横浜今昔物語」
来年開港150周年を迎える横浜の歴史について、勉強してみましょう。 安政元年(1854)、2回目の来航となった駐日特派使節ペリー率いるアメリカ合衆国と江戸幕府の間で、日米和親条約が結ばれました。 その舞台となった場所は横浜村の応接場で、現在の横浜開港資料館の辺りです。 ペリー一行にはキャプテンわんが見た米俵の他に金蒔絵、漆器、絹織物など60点が贈られました。 それによって日本は長く続いていた鎖国を解いて開国しました。 そして5年後の安政6年(1859)、安政の五カ国条約に基づいて、ついに横浜は開港したのです。 150周年をスポーツで盛り上げようと、キャプテンわんも今から張り切ってますよ!
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